2021年5月2日日曜日

十年後の野クル1 ~エアコミケ用ゆるキャン△二次創作~

   エアコミケという事で、ゆるキャン△二次創作小説、「十年後の野クル 1」を書きました。百合要素等はない、原作に近いぼのぼの話。

 東方以外の二次創作小説は久々ですが、良かったらご覧ください。書籍化予定は今の所なし。続編は、作成するか考え中。

2022春追記:続編つけたVerをメロブの電子書籍で100円で頒布してます。こちら



「あのクリキャンから10年か」

 志摩リンはスラクストン1200Rで中央道を走行しながら、そう呟いた。呟きはスラクストンの音に遮られ、リンの耳にも届かない。 リンは駐車場にバイクを置き、ヘルメットを脱ぎ、バイクの鍵をかけた。そして、荷物からカートを取り出し、他の荷物をそれにくくりつけた。 管理棟に入り、受付から「大垣千明」の予約がある事を確認した。そして、千明達を探すべく、夕日に照らされるキャンプエリアを見渡した。その瞬間、
「ちょっと君、お姉さんに東京ディズニーランドまでどう行くか教えてもらっていいかしら?」
 と声をかけられた。リンは一瞬驚いたが、顔を数秒見て、
「お前大垣だろ」
 と返した。
「お決まりのフレーズあざーす!」
 千明はそう言いながら深々とお辞儀をし、眼鏡をかけた。リンは相変わらずだなとも思いながら、久々のこのやり取りに微笑んだ。
「リン、良く分かったな。変装してたのに」
「変装になってねえよ。千明、もう来てたんだね」
「そうズラー、社会人は一時間前行動が大事ズラ」 
「早すぎるだろ」
 二人はそう会話しながら、千明が設営したテントと椅子、テーブルに向かって行った。「まあ、久々に五人揃うからさー、嬉しくて早く来ちゃったんだよ。それに、あたし早く終わるから」
 千明は経理系の専門学校卒業後、身延の役所で非正規事務員として働いていた。賃金は安いが、実家なのでキャンプをする程度の余裕はあった。

「リンちゃん、こっちや~!」
 リンは、五十メートル程先から聞きなれた似非関西弁を聴き、瞬時に犬山あおいが居るのを確認した。リンは微笑み、近寄ると
「犬山さん、久しぶり」
 と挨拶した。
「元気そうで良かったよ」
「色々心配かけたなぁ、まだ無理効かへんけど、大分元気になったで~」
 あおいは大学卒業後、都会の私立高校で教職をしていたが、二年前に体調を崩し、地元に戻っていた。実家での療養の後、現在は地元で非正規の塾講師をしている。
 リンはあおいの傍に荷物を置き、テントの設営を始めた。
「お。リンのテントまだこれなんだ」
 千明はリンのテント一式を見て言った。
「まだまだ使えるからさ」
 リンは設営しながら、千明に答えた。テントを設営し、マットを膨らまし、椅子を開くと、あおいと千明の傍に置いて座り、伸びをした。
「リンちゃんも元気?出版社忙しいやろ?」
 あおいはリン用に温めたばかりの紅茶を淹れながら、聞いた。
「今は落ち着いてるから大丈夫だよ。これ、今月号の『ぼっちキャンプ』」
 リンはそう言い、眼前のテーブルに背負っていた鞄から取り出した冊子を置いた。リンは大学卒業後、東京の小さな出版社で、正規雇用としてキャンプ雑誌の編集とライティングを生業としている。
「お、サンキュー。でも、あたし買っちゃったよ。ヒロシさん特集もあるんだしな」
 大垣はそう言うと、カバンからリンが差し出した雑誌と同じものを取り出した。
「ありがとう。ヒロシさんは私がインタビューしたんだよ」
「なんかてー!!」
 千明は迷惑にならない声量で叫んだ。
「リン、お前と言う奴はあたしというのが居ながらヒロシさんと…」
「お、なでしこからメッセージ」
 リンは千明を無視し、スマートフォンを見ていた。そして、なでしこから「少し遅れる」というメッセージが来ていたので、「私既に着いてるよ。千明と犬山さんも居るよ」と返した。
「なでしこ少し遅れるってさ」
「そっか。まあ、あいつ社長だから仕方ないよな。十年前言ってた事マジで実現させやがって、くぅ」
 千明はそう言いながら、泣き真似をした。しかし、あおいはツッコミを入れず、
「なでしこちゃんが社長か、すごいなー」
 とだけ言った。
「まあ、流石に飛ぶテントは無理だったけどな。だけど、なでしこが作ったテントが普通にカリブーとかで売ってるもんな」
 リンは微笑んで言った。
「あたしも今日はなでしこテントにしたぜ。あれなら寝袋とマットいらないもんな~」
 千明はそう言い、ふふんと自慢げに笑った。
「お前がドヤ顔すんな。まあ、あのテント、うちの雑誌の特集で使ったけど、本当に便利だよな」
 リンはそう言い、紅茶をすすった。
 リンはあおいが淹れた紅茶を飲み終えると、
「と、まだ明るいしちょっと散策してくる」
 と伝え、立ち上がった。
「志摩リン様、了解でございます!」
「千明達はどうする?」
「私とアキはさっき行ったし、恵那ちゃん来るかもしれへんから待ってるわ」
「わかった」
 リンはそう言い、散策に向かった。
 リンの眼前には、広い原っぱと、大きくそびえる富士山。夕日は既に山に隠れ、風は冷たい。しかし、空気の淀んだ摩天楼に住む彼女にとっては、この空気は心地よい。風を感じるように伸びをし、のんびりと歩いた。数分後、紅茶の利尿作用もあり、少し速足でお手洗いに向かって行った。 リンは、お手洗いから千明達のテントに向かった。
「おー、あたすはおかえおおもええぇ!!」
 千明が戻ったばかりのリンに向かって、舌足らずに言った。
「お前酔ってんのか?」
 リンはそう言いながら、千明の向かいに座った。
「まだビール一口だけどな。今の鳥羽先生の真似~」
「お前弱いから無理すんな。懐かしいな、鳥羽先生」
 リンはそう言いながら、缶ビールのふたを開けた。あおいも、烏龍茶のペットボトルを開け、自分のコップに注いだ。
「私らが弱いんじゃない、リンが強すぎるんだ」
「それは私より鳥羽先生に言うべきだろ。じゃ、改めて乾杯する?」
「軽くやね。まだ恵那ちゃんなでしこちゃん来てないもん」
 あおいがそう言った後、三人は小さく「かんぱーい」と言いながら、それぞれ飲み始めた。
「犬山さん、まだお酒ダメなの?」
 リンは五百ミリリットルのビールを四分の一程飲んだ後、あおいを見て尋ねた。
「まだ薬飲んどるから、お酒飲めへん」
「あたしはそれに合わせてあまり飲んでないだけだ」
「お前元々弱いだろ。おっと、なんか来た」
 リンはスマホの音を確認し、斉藤恵那からメッセージを見た。
「さあ愚鈍なキャンパー諸君。私が捕まえられるかな?これより、四天王のうちから二体を送り込んだ。これが貴様らの最後だ。怪人Xより」 
「二体?」
 リンがスマートフォンから目を離した瞬間、チワワが二匹向かってきた。リンと千明は、向かってきた二匹を抱きしめるべくしゃがんだが、二匹はその横から机の下に入っていった。
「やっほー、リン久しぶり」
 恵那は歩きながら片手を挙げ、挨拶をした。
「斉藤は相変わらずだな」
 リンはそう言いながら、再会の嬉しさでほほ笑んだ。
「リンちゃん久しぶりやったんか。恵那ちゃんと私達は良く会ってるけどな。近いから」
「そうだよな、恵那甲府だもん。リンは山梨捨てやがって、きいい」
 千明はハンカチ噛みながら言った。リンは、
「やめろ気色悪い。山梨じゃやりたい仕事なかったんだもん」
 と返し、近寄ってきたチワワのうちの一匹を膝に乗せた。そして、
「『ちくわぶ』久しぶり」
 と返した。千明はまたハンカチを噛み、
「あれ、リンお前…私の知らないうちに他の犬と…」
 と言い、リンは単純に
「やめろ」
 と返した。
「斉藤の家行ったときに、チクワの子ってことで既に会ってたんだよ」
 チクワは、かつて恵那が実家で飼っていた犬の名前。高齢ではあるが、まだ存命である。但し、年齢故遠出は控えているため、子犬の二匹だけを連れて来たのである。
「そうだよ。雄のチクワブ、雌のカマボコ。山梨の南海キャンディーズだね」
「なんだよそれ」
 リンは相変わらずだなという表情で返した。
「まあ、私今アパートだから犬飼えないし、二匹とも実家に居て、週末しか会えないんだけどね。それに、仮に飼えても、一人暮らしだと中々世話する時間も難しいし」
 恵那はそう言いながら、カマボコを抱きかかえ、頬擦りした。千明は、
「恵那~何飲む?」
 と返し、恵那は昔と変わらぬ笑顔で、テーブルを見ながら
「えと、ウィスキーお湯割りで」
 と答え、マグカップを千明に渡した。千明は
「あいよ!」
 と言い、マグカップにウィスキーを垂らし、火にかけたままのティーポットからマグカップにお湯を淹れた。
「あいよ、七百万円ね」
 千明はそう言って、恵那にウィスキーを渡した。
「はーい、七百京円」
 恵那は千明に渡すジェスチャーをした。
「京…天文学的やな」
 あおいは小さくツッコミを入れた。リンはそんな様子を懐かしく感じ、相変わらずくだらないなと、小さく微笑んだ。
 恵那はウィスキーを少し飲んだ後、スマホの通知に気づき、恩師の鳥羽みなみからメッセージが来ている事に気が付いた。
「あ、鳥羽先生も、泊まれないけど挨拶に来るって。仕事終わったから」
「となると、今日はグビ姉は見られないな」
 千明がそう言うと、他の三人は「なんだよそれ」と笑った。そして、恵那は立ち上がり、持参した澤田屋の詰め合わせを鞄から取り出した。
「おつまみにはならないかもだけど、折角皆に合うんだから澤田屋のお菓子持ってきたよ」
「おー、甲府銘菓澤田屋じゃないか!よし、お前ら、恵那様を拝め!」
 千明はそう言い、頭を下げ、「恵那様恵那様」と唱え始めた。あおいはそれを呆れながら見て、リンは我関せず
「斉藤、ありがとう」
 と恵那に伝えた。恵那は
「アキちゃんは相変わらず面白いね」
 と笑いながら返した。
「さて、吸引機なでしこが来る前に、一人一個は食べとくぞ」
 千明の号令を無視してあおいがくろ玉を口に運ぼうとした瞬間、夕日に照らされる見知った顔を見た。見知った顔はこちらに歩み寄り、穏やかな笑顔で、
「皆さん、お元気ですか?」
 と言った。
「先生、お久しぶりです」
「お久しぶりです、大垣さん、犬山さん、志摩さん、斉藤さん。各務原さんは?」
「まだ来てません」
 あおいはスマホを少し見て、なでしこの返事がない事を確認して、言った。
「犬山さん、体調大丈夫ですか?」
「だいぶ良くなりました、心配かけてすみません」
「なら良かったです。私の教え子も、犬山さんの教え方が上手って言ってましたよ。そうそう、これ」
 先生はそう言い、ビニール袋と紙袋を差し出した。
「妹が北海道に住んでるので、道産のお野菜を少し御裾分けに。あとは、池池も折角だから持ってきました。私は今日は残念ながら飲めないので、皆さんで」
「ありがとうございます」
 あおいはそう言い、受取り、テーブルに置いた。恵那は、
「先生、折角なので少し澤田屋のお菓子持っていって下さい」
 と言い、菓子を箱ごと差し出した。
「斉藤さん、有難うございます」
「お、なでしこだ」
 千明はスマホの通知に気づいた。
「来たみたいなんで、なでしこ迎えに行ってきます」
 千明は先生にそう伝え、管理棟へ向かった。
「あ、私もお父さんが来たんで、チクワブ達送ってきます」
 恵那もそう言い、駐車場へ向かった。
 各務原なでしこは管理棟の前で腕時計と真っ赤な西空を見ながら、暗くなる前に着いたことを静かに喜んでいた。そして、久々の再会に対しても、高揚し、顔がほころんでいた。その気分もあり、背後から近寄ってくる気配にも気付いていない。
「すみません」
 背後の気配はなでしこに話しかけた。なでしこは少し驚き、振り返ったが、背後の正体は同年代の女性、具体的にはメガネを外した大垣千明であった。
「東京ディズニーランドはどう行くのですか?」
 千明は眼鏡をはずし、にこやかな顔を作り、なでしこに話しかけた。
「あ、東京ディズニーランドは、富士宮方面に三時間程歩いて左折して、そのまま四六九号線を東京方面にまっすぐ三十時間程歩いた場所にあります」
「そんなにかかるのか。どうも、有難う御座います」
 千明はそう行って去ろうとした。数歩歩いたのち、眼鏡を取り出して、かけた。
「って、あたしだよあたし」
「あきちゃん、久しぶり!気付かなかった」
 なでしこは喜び、飛び跳ねた。千明はなでしこが変わっていない事を喜び、「社長」と言ってからかう事を忘れていた。
「さあ、他は皆来てるから…ってクーラーボックス凄いな」
 千明は、なでしこが大きなクーラーボックスを持っている事に気が付いた。
「折角だから、色々作りたいもん。今日もシェフ各務原が光りますぞ~」
「おー、何作るんだ?」
「それは着いてからのお楽しみ、おっと!」
 なでしこが転びそうになったので、千明はうまく抑えた。
「社長になってもなでしこはなでしこだな、ふふふ」
「アキちゃんもアキちゃんで良かったよ。ちょっと大人になった感じするけど」
「まあ、あの頃はもっと大人になってると思ったんだがなぁ。あんまり変わらないな」
「そだね~」
 なでしこと千明はそうぼのぼの会話しながら、四人の待つ場所へ向かった。そして、焚火にあたるリンが見えた瞬間、なでしこは大声で
「リンちゃん先週ぶり~。恵奈ちゃんとあおいちゃん、先生は久しぶりー」
 と挨拶した。
「おー、焚火も始めたのか」
「日も落ちて寒くなってきたからな」
 リンは千明にそう返した。
「なでしこお疲れ」
「なでしこちゃん久しぶりー」
「各務原さん、お久しぶりです」
 各々の挨拶の後、なでしこは満面の笑みで、
「良かったみんな元気そうで、リンちゃん以外は中々会えなかったから」
「二人とも東京だもんね」
「くぅ、山梨を捨てやがって」
「やめーや」
 千明に対し、あおいは小さく注意した。
「あおいちゃんも元気そうで良かったよ。色々大変だったみたいだし」
「ありがとな」
 なでしこは荷物を置き、設営を始めた。なでしこが作った一体型テントは二分もせず設営が出来るため、瞬く間にテント設営は終わり、テーブルとコンロをその傍に置いた。
「さて、暗くなっちゃったけど、晩御飯作るよー。あ、先生も食べていきますか?」
「ごめんなさい、今日はあと三十分ほどで出ないといけないんで」
「となると、前菜だけは食べていけるんじゃないですか。折角だから」
「そうですねぇ。では、頂きますね」
 先生はそう言うも、内心は最後まで食べていきたいと考えていた。そして、お酒と一緒に堪能したいと強く思っていた。
「では、シェフ各務原、始まりますぞ、ふふふ。前菜は野菜と白身魚のミネストローネ、メインはトマトとエビのスープパスタ、デザートは食後スッキリグレープフルーツと、トマト多めになっております。鍋一つで済むからね」
「おー」
「オプションでホイル包み焼野菜もあるんじゃよ、さつま芋とジャガイモ、ナス、リンゴ、トウモロコシ、お好きなのをどうぞ、ふふふ」
「魔女のおばあさん?」
 リンは小さくツッコミを入れた。
「なでしこちゃん、手伝うでー」
「あたしもやることあったら言ってくれよ」
「私も何かあれば」
 千明、あおい、恵那、リン、先生はなでしこに手伝う事はないかと聞いた。
「みんなありがとう。えーと、じゃあアキちゃんとリンちゃんは野菜を新聞紙に巻いて、更にその上からアルミホイル二重くらいに巻いて。あおいちゃんは、鍋に半分くらいお水入れて、温めておいて。恵那ちゃんと先生は火の番お願いしまーす」
 なでしこはてきぱきと指示をした。
「あいあいさー、社長」
 千明の返事を聞いて、リンは「ああ、なでしこ社長だもんな。こうやって指示とかしてるんだろうな。頼もしくなったな」とぼんやり考えていた。そして、なでしこのクーラーボックスにあった古新聞紙を取り出した後、
「なでしこ、野菜洗った方がいい?見たところ綺麗だけど」
 と質問した。なでしこは、ミネストローネ用の野菜と調味料を準備しながら、
「おねがーい。忙しくて洗えなかったし」
 と返し、大垣と供に蛇口のある炊事場に向かって行った。

 蛇口の水は冷たく、野菜を洗う度に千明とリンの手の感覚は消えていった。しかし、二人とも久々の再会の喜びでそれすら苦に感じていなかった。
 大垣は、二人になった今だから聞けると思い、
「リンはさ、今となっちゃ笑い話だけど、なでしこのお見舞い行った時まで私嫌いだったって聞いたけど」
 と軽く聞いた。
「嫌いというか、正直苦手だったな。でも、あの頃の私はなでしこもまだ苦手だったしな…。あの時いい奴だと分かってからは…苦手意識はどんどん無くなってったけ」
「そうか。私も正直、リンって最初は辛気臭い奴だなーて思ってたけど、面白いしいい奴だし…マジで命助けられてるし、頭上がらないな。志摩リン親分、お世話になりました」
「いや、私じゃないよあれは。…さて、大体洗ったかな」
 リンは静かにそう言い、籠を持った。「大体なでしこが食べちゃいそうだけどなー」
「分かる」
  リンはフフッと笑い、
「あいつ、酒もザルだからな」
「ザル?」
「大量に飲むってこと。鳥羽先生に負けないんじゃないか。ただ、酔っても鳥羽先生みたいにはならないけどな。意識はしっかりしてる」
「へぇー」
 千明は流石なでしこ、化け物胃袋と感じ、ニヤニヤしていた。
 二人の洗った野菜は、新聞紙とアルミホイルを巻かれ、恵那と先生の管理する火の中に入れられた。恵那はスマートフォンのタイマーをセットし、野菜の取り出しタイミングを計った。
「できた」
 なでしこはミネストローネを人数分深皿に入れ、折り畳みテーブルに置いた。
「ふぉふぉふぉ、こども達や、ミネストローネが出来たぞ、早く召し上がれ」
「はーい、長老様」
 千明の返事を聞き、リンは「ああ、今日はそういう設定な」と思った。
「先生も時間ないでしょうけど、どうぞ」
「ありがとうございます、頂きます」
 一同はテーブルのミネストローネを手に取り、ずずっと啜った。『豊富な具材が、トマトの酸味を中和してしつこくない。油の少ない白身魚は、そのスープにぴたりと合ってる。そして、冷えた体にこの温もり』 リンのモノローグは、表情以外で表出はしていない。
「美味しいよ、流石なべしこ~」
「なべしこ?」
 千明は、つい「なべしこ」と言ってしまった。あおいは、十年前の山中湖キャンプで「そういえば、あそこでなべしこを嫁にしようとか下らんこと言ってたな~」と思い出していた。そして、

嫁…。東京で教員の仕事していた時に付き合っていた猫田君、今も元気かな。結婚すれば仕事しないでも済むと言われたけど、教える事は今も好きだって断っちゃったな。最初は少し後悔してたけど、またみんなでキャンプできるのなら、間違ってはいなかったかもしれない。明日の夜にでも久々に通話してみようかな。

 とミネストローネを啜りながら逡巡していた。
「ご馳走様でした。各務原さん、美味しかったですよ。そしてすみません皆さん、そろそろ帰りますね」
「先生、お疲れ様でしたー」
 先生はそう言うと、お辞儀をして駐車場へ向かって行った。千明は
「またやりましょう」
 と言い、見送った。
 なでしこはミネストローネを飲み干した後、同じ鍋を火にかけ、水と調味料を追加した。そして、
「あおいちゃん、あかりちゃんも元気?」
 と聞いた。
「あかりは、今東京の大学行ってるけど、元気で環境学勉強しとるで。最近は研究で忙しいけどな」
「へぇー、立派になったね」
「動物好きだったからな~。最初は獣医になろうって思っとったみたいやけど、あまり向いてないって思っとったのと、環境の事も動物にとって大事だということでそっちの道に行ったみたいや。そやそやなでしこちゃん、知っとるか?」
「ん?」
「あかりから聞いた話なんだけどな、富士山の汚染度と地球の平均的な汚染度は、科学的に見たら同一なんやって。しかも、ここ百年ずっとそれは変わってないということで、海外の大学とかも研究でよく使うみたいなんや。ただ、何故汚染度が一緒なのかは、富士山ってある時期から有料になったやろ?あれは、意図的に汚染度を合わせるための調整の一つで、実はずっと秘密裏に調整してたんやで。さらに汚染が進んだときは、落石を起こして登れないようにしたりなー」
「へぇー」
 なでしこは嘘だと気付いていたが、微笑みながら聞いていた。この法螺も彼女にとって懐かしく、微笑ましいものであった。あおいもなでしこのその様子に気づき、
「まあ、社長さんは騙せないか。いつも騙し騙されあいやもんなー」
 と騙しだったことを認めた。
「そこまでじゃないよ。まあ、正直大変だけど、お姉ちゃんが色々協力してくれるから」
「そういえば、桜さん副社長だったよね」
「うん」
 リンは、雑誌広告への掲載の為、副社長の各務原桜と打ち合わせをしたことがある。なでしこと正反対の性格だからこそ、なでしこには桜さんが必要なんだと確信していた。
「みんなー、野菜も焼けたみたいだよ」
 恵那は火ばさみで野菜を取り出し、まとめて置いた。
「恵那ちゃんに作らせちゃったね、ありがとね」
「いやいや、なでしこちゃんの言った通りやっただけだよ」
「そして、そろそろパスタも出来るでよ、楽しみにしててね、ふっふっふっ」
 なでしこは怪しく笑った。リンはビールを一口飲み、「今日はどんなキャラなんだ…」と考えていた。その間、千明とあおいは、ホイル焼きのアルミホイルをあけて、紙皿に載せていた。リンはそれを見て、自分だけ座ってるのも難だと感じ、ウーロン茶とアルコール類を持ち、
「なでしこも、食べるとき何か飲む?」
 と聞いた。
「ありがと。えーと、折角だから池池頂こうかな」
「了解。寒いから燗する?」
「おねがーい」
 なでしこはパスタを仕上げながら答えた。リンはシングルバーナーを準備し、やや大きめの鍋に池池を入れて、ガスの火にかけた。
「よし、パスタできた!」
「野菜も食えるぞー」
「あ、池池ちょっと待ってて」
「じゃ、取り分けてるよ、リンちゃん」
「うん。ありがと」
 リンは池池の泡と湯気の具合を見て、温めすぎないように注意していた。熱すぎると風味が失われるからだ。
「うん、いいかな」
 リンはそう言って、バーナーの火を止めた。そして、ステンレスカップに入れた。
「はい、なでしこ…あれ?」
 リンはなでしこが既にさつまいも一本を食べ尽くしていたのを見た。他の食べ物にまた手はついていないのを確認し、その早さに驚いていた。
「お、リンちゃん終わったね。じゃ、いただきまーす」
「いただきまーす」
「なでしこ、すでに芋食べてないか…?まあいいか」
 リンは熱燗の池池を少し飲んだ後、パスタを口にした。
『ん、トマトの酸味と塩味がパスタに染みこみ、えびが風味にアクセントを加えてる。ミネストローネ用の野菜や魚がどろどろになって溶け込んでるけど、それが奥深い味を引き出していて…うまい』
「こ、これは!ミネストローネ用の野菜や魚がどろどろになって溶け込んでるけど、それが奥深い味を引き出していて…うまい!」
 千明はリンと同じ考えを口に出した。リンは驚き、千明の顔を見たが、「偶然だよな」と一人言い聞かし、パスタを口に運んだ。
「なでしこちゃん、流石や~」
「えへへ~、今日遅くなっちゃってちょっと手抜きだけど、喜んでもらえて良かったよ」 
 リンは、この時の無邪気な笑顔があの時のままだなと感じていた。
「でよー、焼き野菜もうまいんだよ、ナスとかとろっとして」
 千明はナスをほおばりながら言った。
「焼いただけなんだけどね。でも、野菜って、火を通すだけで美味しいものも多いんだよ」
「うんうん。石焼き芋とかもそうだもんね」
「うむ」
 年月は流れ、人生もそれぞれの道を歩んでいる。社会的に見たら成功していると云える者も、そうでない者もここにいる。だけど、ここに戻ると、あの時と同じ人間関係が続いている。リンは、この関係が続く限りは、自分に何があっても大丈夫だと考えていた。

 デザートを食べ、後片付けを行い、リンとなでしこ、恵那はアルコールを交えて、周りに迷惑にならない声量で談笑をしていた。千明とあおいは、アルコールではなく、ほうじ茶を啜っていた。あの頃の話、リンが出した本の話、なでしことリンが行ったフィンランドと、そこでのキャンプの話。千明とあおいと恵那で行った、八丈島キャンプの話。千明とリンで江の島を巡った話。他色々。
「んー、もう寝るね」
 焚火の薪が真っ黒の抜け殻になった頃、恵那は酒が入った時特有の眠気に負け、テントを開け、寝袋に入り、すやすやと眠り始めた。それを切欠として、
「そろそろ寝るか」
と千明が言い、他三人もそれに従うかのようにそれぞれのテントに入っていった。あおいと千明は恵那のテントに入り、リンとなでしこは別のテントに入った。
 寝袋に入りながらも、リンはテントの入り口を開けたまま空を見ていた。なでしこも、空いたテントから富士山を見ていた。
「なでしこ…二人になったから聞くんだけど…千明とか雇ったりしないの?非正規で事務やってるみたいだけど、あれじゃ辛いだろうから」
 リンは小声で聞いた。なでしこは少し考え、
「うーん、私としては、友達雇っちゃうと関係性変わっちゃいそうで怖いんだよね」
 と小声で言った。リンは「わかる」と思い、頷いた。
「それに、まだ大きな会社じゃないし、まだ創立してもそんなに経ってないから、長く雇えないかもしれないし」
 リンは感心していた。なでしこは無鉄砲そうで、案外色々と考えている。なでしこの傍に人が集まって離れないのは、これのお陰なんだなと思った。
「ちょっと大げさかもしれないけど、人を雇うって、その人の命を預ける事でもあるもんね」
「そうだろうな」
 リンは、なでしこみたいな経営者が増えれば、世の中もう少し良くなるんじゃないかと一人考えていた。
「今更だけど…なでしこと出会えたのは良かったよ。正直、出会ったときはちょっと面倒だと思ってたけど…」
「私も。リンちゃんが居なかったら、全然違ってたもん」
 二人はそう言いながら、目の前に広がる空を眺めていた。幽霊のような雲はゆっくりと流れ、六日目の月は穏やかに光り、オリオン座等の星々は消えそうなくらいに儚く輝いていた。二人は、その夜闇に包まれながら、静かに眠り始めた。リンは、夢の中で、何故かセールスをしている千明から、「車は三年で走らなくなるぞ」と、車を売りつけられていた。


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