2018年12月7日金曜日

没小説供養2

 某所に送って没となった、短編小説の供養シリーズその2です。 




 権謀術策ごっこ  

 二〇一八年三月、派遣労働者は派遣法改訂によって一気に仕事を失った。和多山もその例から漏れず、自動車工場で派遣社員として働いていたが、二月末を以って契約は解除された。彼は、暫くは格安のシェアハウスに住み、警備員のアルバイトとアフィリエイトの僅かな収入で暮らしていた。
 そして、その年の夏、所有者不明の土地に対し、事業計画を提出すれば十年間貸し出す法律が制定された。制定と同時に、和多山は関東のどの駅からも、どのバス停からも遠い土地で、農作物を作る講座を開くという名目で三十ヘクタール程の土地を無償で借りた。
 最初、彼は床面積9.9の小さなトレーラーを置き、そこの入口に「本部」という表札を付けた。また、室内の隅には、実際に使用可能なトイレの便座を置き、テーブルクロスをかけた。なお、便座の下には大きな穴があり、そこにおがくずを敷き詰め、排泄物を落としていた。また、大きなタライに排水用の穴を付け、その上に水を流せるタンクを置き、体を洗う為に、流しとして使用することが出来るようにもした。そして、最低限の電源を確保すべく、中古で購入した小さなソーラー発電機も屋根に設置した。 
「農作物といっても、種をまけば大体実のなるものから、お米のように八十八の手間をかける必要があるものまで、沢山あります」
   小屋が完成して数日後、数名の前で和多山は講義をしていた。また、後方ではある一人がスマートフォンでその様子を撮影もしていた。和多山は、これを、事業を実際に行っている証拠としてホームページに載せるつもりであった。なお、ここにいる連中は、例外なく、同じシェアハウスに住まう友人たちであった。
 この撮影から数日後、講義で使用した畑からは、一センチにも満たない、二十日大根の芽が出ていた。そして、トレーラーの近くには、段ボールや薄汚れたベニヤ板、割れ目のあるトタンや物干し竿等で出来た、小屋のようなものが置かれていた。但し、全ての小屋には例外なく廃材となっていた自動車タイヤがくっついていた。
 数か月後、そのような「トレーラー」は数十台にもなっていた。仕事と家を失った派遣社員、家から追い出された引きこもり、精神疾患を患い仕事を失った者等が集まって来ていたのだ。農作物を育てており、電気も自作、水も近所の小川や公園の水道を用いており、ネットも公共施設のフリーWIFIを使って居る為、トレーラーの住民全員の生活費は、数万円程で住んでいた。和多山達は、この生き方はもっと広まるものだと確信していた。

「浮浪者が勝手に住み着いている一角があるので、どうにかしてほしい」
「しかし、あそこは農作物を育てる事業を展開している場所で、定期的にそういう動画もホームページに載っておりますので、役所の方では…」
 一方で、管轄の市役所には、このような苦情が来ていた。但し、法の問題もあり、行政の方で手出しできる状態ではなかった。この事は市長も把握しており、彼はトレーラーにも固定資産税を課す条例を制定しようか考えたものの、議会は市民派が多数派となっていた為、断念せざるを得なかった。市長は、一旦この事を忘れるべく、一部農家から要望のあった、農業用水確保の土木工事計画書に目を通した。そこで、彼は、この工事が和多山の事業用土地の近くで行われる事に気が付いた。
 
『農業用水確保の為の工事を行います。ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程をよろしくお願いいたします 吾川土木株式会社』
 和多山の土地にあるポストに投函された紙には、このような事が書かれていた。
「やった、これで水の確保も楽になるぞ」
 和多山達は喜んでいたが、実際は、和多山の所持する土地の地下に、大量の水を染み込ませてタイヤを沈ませ、移動できないようにして、固定資産税を徴収する意図であった。事実、数か月後に請求書が届き、アフィリエイトの僅かな収入しかない和多山は頭を抱えるのであった。

0 件のコメント: